モネの家の太鼓橋とおサル

ガイドという仕事をしていると、いろんな方にお会いする。

とりわけプライベートなので、短いけれどそれなりにディープな出会いだ。

 

先日は、85歳になる女性Mさんと娘さん、姪御さんを大英博物館とナショナルギャラリーにご案内した。

娘さんからお話をお受けした時は、お母様がご高齢と聞いて、きっとお元気で勇気のある方に違いないと思った。

でも歩行が困難なので、ミュージアム等の施設では、車いすが借りれるか問い合わされてきた。

 

ロンドンには車いすを短期でレンタルできる会社があることを説明したところ、

そこから一台手配を頼まれ、ロンドン滞在中、車いすを借りられるよう段取りのお手伝いをした。

ロンドンは障害者フレンドリーな町なのだ。

 

だが、実際お会いしてみて、歩行が困難なだけではなく、耳も遠く、認知症の傾向があることもわかった。

「母は飽きぽいんだけど、気にしないでくださいね」と、娘さん。

だから、ミュージアムのご案内も、通常のようにはいかない。

娘さんや姪御さんに照準をあわせて、ご案内することもできたのだが、

わたしは、なるべく弱い人にペースを合わせたかった。

子供連れのご家族でも、子供さんに合わせる。

その方が、子供さんにも親しみやすく、親御さんにもわかりやすく、思い出を家族で共有してもらえるからだ。

 

興味をもっていただけるような話題性のある絵を選び、

一点の絵に余り長くはかけず、

Mさんが目をつけたところから話を紡ぐように心がけた。

しゃがんで車いすの彼女の耳元で、娘さんたちにも声がとどくように、大きな声で話かけた。

 

ところが、彼女に何か新しい出会いをつくっていただくのは、

とても難しい事がだんだんわかってきて、自分の無力を実感した。

Mさんは断念して、むしろ娘さんたちの方に照準を合わせた方が、満足していただけるのだろうか・・・。

途中なんどもそう思った。

 

ところがである。

ご案内するつもりのなかったモネの小さな絵の前で、

Mさんが突然生き生きと話始めた。

ギャラリー全体に響きわたるような大きな声で。

「ああ、モネや。モネの睡蓮。モネのおうちにいきましたよ。

池に日本の太鼓橋があった。太鼓橋。みた。みた。」

monet

Monet Water-Lily Pond

そうなのだ。過去の経験を呼び覚ます展示物には、

まるで時間がバックしたかのように、表情が豊かになった。

目の前に描かれている絵の内容は、彼女にとってどうでもよい。

ただ、ご自分の記憶にひっかかったものに刺激をうけて、そのことを確かめるように、繰り返し口にだしておられる。

言葉のなかみに特に意味もないけれど、それでとてもご満足なのだ。

 

ふと、それでよいのだと気がついた。

何か新しい出会いがあってほしいなどと望むのは、こちらの身勝手というものだろう。

いつもいつも世話をされ、興味もない話を聞かされ、受け身でいるMさん。

そんなことより、たとえそれが記憶の中であっても、

ご自分の主体性が戻った、彼女自身の生き生きとした時間だった。

 

Mさんは、なんと40年も前から、世界中を旅されているという。

当時の日本人女性からしたら、とても恵まれて、かつご自身も好奇心旺盛なアクティブな人だった。

フランスには4回、イギリスにも3回。

40年前、なんとゴルフの発祥地、スコットランドのセントアンドリュースでゴルフのコースをお一人でまわったのだそうな。

大英博物館で、モアイ像のご案内をしたら、あの絶海の孤島のイースター島にもいかれたのだといわれた。

 

ホテルのロビーで、わたしと二人きりになった時、こんなふうにおっしゃった。

「わたしはね。もうどこでも行ったのよ。若い時は年に3回は海外に行った。

行きたくて行けなかったのは、リオのカーニバルだけ。

あすこには行くだけで24時間かかるしな。

昔は、おとうさんと一緒に仕事をしてたから一週間以上休みがとれなんだ。

そやけど。やっと休みがとれるようになったら、今度は体が弱くなってしもた。

とても24時間も飛行機に乗れない。

そやし、ほんとに行きたいところがあったら、若いうちにいっとくもんや。

もう、行きたくても行かれへんから。」

 

Mさんがおっしゃる「限界」は体だけではないのかもしれない。

異国の地で新しいものに感動したり、吸収することができるのも、やはりある程度の年齢までなのだろうか・・・。

だけれど、その時は、Mさんが認知症とはとても思えないほど、しっかりした話し振りだった。

そして、ふと気がついた。彼女がこのように、若い時に世界中を旅されているから、たくさんの思い出が残る。

思い出があるから、それを手がかりに、今も楽しめる作品がたくさんあるのだと。

 

それでも、また身勝手に望みをたくしてみる。

美術館でヴェロネーゼの大きな絵をご案内した時、

Mさんは、「こんな絵観た事ない!」と大きな声でおっしゃった。

「ほら、あそこにおサルがいる!」と、キャンバスの片隅を指さして。

veronese The Family of Darius before Alexander 

veronese The Family of Darius before Alexander

追加: この後、お母様には待っていただき、娘さんオンリーでたっぷり美術館のご案内をできたことを付け加えておきます。

 


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