聖地誕生:ジュリエットの家
ヴェローナに向かう電車のなかでアメリカ人の家族と出会った。「ジュリエットの家」に行きたいという娘の望みなのだそうだ。「ジュリエットの家?」イタリア行きを急に決めたわたしには、初耳だった。なんでも、「ロメオとジュリエット」のジュリエットの家があるのだという。「もちろん、作り話なんだけどね」と。ジュリエットに手紙を書くと、返事がかえってくるらしい。そして、「ジュリエットへの手紙」という映画もあるのだそうな。
へー、全然知らんかった。その映画はヴェローナが舞台で、その町の雰囲気がとてもよかったらしい。そうそう、それこそがわたしがヴェローナに行きたかった理由だ。ローマよりうんと小さくて、ローマのように古い佇まいが静かに残っている町。
駅に着くと、その家族とは「よい旅を」と別れた。で、わたしは、「ジュリエットの家」は胡散臭いから、時間があったら寄ってみようぐらいの感じで、ぶらぶら中心地に向かって歩きはじめた。古代ローマの円形劇場が現れると、だんだんヴェローナの中心地に近づいているのがわかる。ふと、町の案内看板をみたら、件の「ジュリエットの家」が、すぐそこにあるのがわかった。まあ、ついでだし行ってみるか。まだ時間も早いし。 そんなに混んでいないかも。
路地にはいり、建物の一角を回ると、中庭みたいなところに人がわんさか詰めかけていて、びっくりした。そこに向かう壁は、落書きでいっぱい。小さな隙間をみつけて、そこにメッセージを書き込んでいる若者たちもいる。
中庭にはいると、奥に、等身大のジュリエット像が立っていて、その前に人が並んでいる。そういや、アメリカ人の娘が、彼女の右胸を撫でれば、吉縁が訪れるから、わたし願かけてくるのって言ってたな。みんな、それがお目当てなのだ。
まわりには写真撮影をする人々。上を見上げれば、中世風のバルコニーから、人が顔をだしており、そこでも記念撮影。そうか、「おお、ロメオ、あなたはなぜロメオなの?」のバルコニーってわけね。
立像のバックにある鉄格子の門は、無数の南京錠で覆われている。これ、たぶん、中国の人の習慣だ。昔、中国を旅したときに、観光名所に南京錠をかければ、カップルが結ばれるという願掛けがあると聞いた。きっと、ここにもたくさんの中国人観光客が訪れているのだろう。
確かに、中世イタリアの面影が残る雰囲気のある場所だ。だけど、とにかく、その人気ぶりに圧倒された。駅から歩いてきたとき、それほどの人を見なかったから、ひょっとしたら、ここにくるためだけに、ヴェローナにきてるんちゃうか?と、思えてくる。そうそう、あのアメリカ人の家族のように。
だとしたら、ほとんどバッカラしーと思ってしまうのだが、と同時に、その現象自体に妙に興味を覚えた。ここは、イタリアなんか行った事もない英国人シェークスピアが、ヴェローナの町を想像しながら、創ったお話の舞台であり、その創り話の上に、またまた、新しくでっち上げられた「ジュリエットの家」なのだ。そいで、そのつくり話をベースにさらに、創られた映画の舞台にもなったってわけだ。架空の架空と知りながら、人々はここを訪れ、ジュリエットに手紙を書くのである。
ここは、いわば、新しい聖地とでもいえるのだろう。中庭のひとびとの様子を見ながら、ふと思った。でも、そもそも聖地というのは、多かれ少なかれ、そのように誕生したのではないだろうか。
日本にだって、そんな新しい聖地がどんどんできている。同じように新しい物語も生まれている。ふーみゅ、そういう聖地というのは、どのようにして出来上がるのだろう。 なぜ、ひとびとが集まるようになるのだろう。たとえば、このジュリエットの家は、どのようにして生まれたのだろう。人々は、どうして創り話と知りながら、ここを訪れるのだろう。
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