ロンドンで最も小さな迷宮空間:サー・ジョン・ソーンズ博物館
ロンドンはホルボーン地区の裏手に、とても魅力的なミュージアムが隠れている。
「サー・ジョン・ソーンズ博物館」という。
リンカンズインフィールドという、
NYのセントラルパークのモデルになったといわれる大きな公園に沿って、
ジョージア様式のタウンハウスが並んでいるが、
その一角にこの博物館がある。
狭い間口で、看板がなければうっかり見落としてしまうだろう。
玄関から入って、まず迎えてくれるのは、典型的な18世紀の応接間だ。
赤い絨毯、大きな窓、壁一面の本棚、立派な机やエレガントな椅子、鏡や肖像画の数々・・・
そこまでは、中流階級のジェントルマンの家のように見てとれる。
しかし、そこから一歩、家の奥に入っていくと、
すぐに、ここが普通の生活空間とは全く違う事に気付き、驚愕するだろう。
狭い通路の両壁には、隙間がないほど、様々な物で覆い尽くされている。
どれもこれも、古い建造物の一部とか、彫刻とか、遺跡の破片とか・・・
美術品とも考古学資料ともいえる物たち。
素材も、石、ブロンズ、テラコッタ、ガラス、石膏、花瓶、ステンドグラス、化石やミイラ、宝石とさまざまだ。
めくるめく迷宮のような空間、まさにある種の小さな宇宙だ。
でも、断じて、アミューズメントパークではない。
なぜなら、ここは、ある家族が住み、価値あるコレクションを家中に飾って、
生活の場であると同時に個人ミュージアムとしても機能した空間だからだ。
その主であり自宅を建築した人こそが、18世紀の著名な建築家、サー・ジョン・ソーンである。
この世紀は、古代ギリシア・古代ローマの文化を賛美した「新古典主義」の時代で、
イギリスの名家の子息や芸術家たちは、その空気を吸おうと、
こぞってイタリアやギリシアあるいはエジプトに出かけていった。
ソーンもその一人で、旅行を通して夥しい数のコレクションを築きあげ、
自分の学生や弟子たちに学ばせようと、この自宅兼ミュージアムを開放した。
亡くなる時には、ある条件をつけて、コレクションを家ごと国に寄贈した。
その条件とは、彼が生きていた時のままに保持し公開することであった。
言い換えれば、この迷宮のような空間は、18世紀当時の「世界観」をそのまま残しているのである。
それがこのミュージアムのもうひとつの魅力だろう。
何の脈略もなく並べているようにみえるが、その基礎には当時の考え方が横たわっている。
それが何であるかは、ここでは触れないことにしよう。
それよりもここを訪ねるみなさんにお伝えしたい小さなヒントがある。
絶対に見逃してはいけない箇所、「ピクチャーギャラリー」と呼ばれる部屋だ。
もし、その小さな部屋の壁が閉じていたら、そばの館員に、
「壁の中にある絵も見せてほしい」と、頼むことを決して忘れないように。
一見何の変哲もない壁が、実は、何重にも折りたたまれていて、
それを開けると、不思議や、別の壁や空間が現れて、その奥に隠れていた絵画や彫刻が現れる。
なんとそこには、ソーンの親友だった英国を代表する風景画家ターナーの作品や、
ホガースの有名な作品が含まれているのである。
もうひとつ。
毎月第一火曜日には、夜間開館されているが、
その日は、電気照明が一切使われず、すべてキャンドルの光で灯される。
まさに、ソーンが生きていた時代の夜の様子を再現するのである。
それはそれは、とても幻想的な空間になる。
そのイベントにも、ソーンの遺言に忠実な心意気がうかがえる。
もし、あなたがロンドンの大きなミュージアムには一通りいかれたなら、
今度は、ぜひ、この魅力的なミュージアムを訪れてほしい。
(基本情報)
毎週火曜~土曜日 10-17時
最寄駅 地下鉄ホルボーン駅
このブログは、アートローグのディレクターによって書かれています。
アートローグは、ロンドン現地にて、ユニークな文化の旅の企画・ご案内や日英のミュージアム・コーディネートの仕事をしています。
観光個人ガイドの他、現地日本人向けの文化講座や文化関係の通訳やミュージアム資料調査の代行も行っています。
サージョンソーン博物館も、アートローグの歴史散歩でご案内しています。
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