ミイラに心を通わせる:大英博物館
「ミイラと友達になれるような解説をして下さい」。大英博物館でのギャラリーツアーの前、お客様からこういわれた。
一瞬戸惑ったが、すぐ合点がいった。ミイラに出会えるのは博物館だが、そこでの展示は親しみがわくようなものではない。
歴史的にも地理的にもあまりに遠い世界ということが理由のひとつでもあるのだろう。
「ミイラ」といえば、暗い博物館のガラス越しにみる黄金のマスクとか、ホラー映画で登場するイメージが定着している。
しかし、そのステレオタイプのイメージのために、ほんとはこの地球上に生き、わたしたちと同じように家族もユニークな人生ももった一人の人であったことを容易に忘れてしまう。
現在開催中の、大英博物館での「太古の人生」展はまさにその視点から古代エジプトに生きた人々に迫る展示であった。
来館者が出会うのは古代エジプトに生きた8人の人である。血を通わせたのは、現在の最先端の医療テクノロジーだ。
たとえば当時人々が何を食べていたかとか、どんなに歯痛に悩んでいたかとか、どんな髪型をしていたかなどが明らかにされる。
しかしもっと驚かされたのは、亡くなった人への気配りがいかに細やかで誠意のこもったものであったかという点だった。
ミイラから内蔵が抜き取られるのは周知の事で、そう聞けば、惨たらしいと顔をしかめてしまうのが現代人の率直な反応だろう。
しかし、この展示はCTスキャンによって次のような事実を教えてくれる。
内蔵を抜き取るために体にあけた穴には、きちんと詰め物をして、傷口は蜜蝋などで塞がれる。
しかも、その上には、その傷口をいやすために、精巧なつくりの護符が置かれているのである。
胸にも、喉元にも、腰にも、足の甲にも、ひとつひとつの指の爪にさえ、そうした護符がみつかる。そして、それらひとつひとつが実に繊細な工芸品だ。
内臓を抜き取るという行為そのものも、亡くなった人が腐らないようにという願いあればこそなのだ。
上のCTスキャン写真をみれば、Tamatという名の神官の娘であった故人に対して、どんなに手厚いケアがなされているか、その人への思いが伝わってくるだろう。
8人の中で、私が最も心動かされたのは、ある少女のミイラだった。
彼女が包まれたパートネージュ(リネンを重ねて石膏で固めたもの)は成人の女性を思わせる大きさで、そこに描かれた似姿も若々しい女性のそれである。
しかし、CTによって、実際の彼女の身体は目にみえるパートネージュの3分の2の大きさで、詰め物によって大きくなっているだけなのが明らかになった。
その骨や歯の状態から、7歳ぐらいの少女であることもわかった。
刻まれたヒエログラフは、その少女がTjayasetimnという名の神殿に仕える歌い手であったことを伝えてくれる。
まだ若いからミイラの状態もすこぶるよい。
いっしょに展示されたCTスキャンの3D映像からは、まだ幼い顔の独特な表情やカールした髪がよく読み取れる。
その映像を、身体が包まれたパートネージュが成人の女性の顔つきをして、その胸もすこし膨らんでいる事と重ねるならば、この少女が、ほんの少しだけ長生きしていたら、こんな感じだったのだろうかと想像してしまう。
その思いはさらに連想をかきたてる。つまり、この娘を葬った親や周囲の大人たちも、「この子がもし、もう少し長く生きていたら、美しい娘になったろうに・・」と思いやりながら、ミイラをつくったのではないかと、葬る側のひとびとにも思いを寄せてしまうのだ。
ミイラづくりの根本に「亡くなった人を丁寧に保存すれば甦る」という考えがあったのならば、後世でふたたびこの娘に出会えると信じたに違いない。
冷たいガラスの向こうの、最新の科学の目を通した展示に違いないが、ミイラが人として来館者の心の中で甦ってくる暖かい展示であった。
この展覧会で得た事を自分なりに吸収しながら、ご案内する方々に、できるだけミイラと友達になってもらえるようストーリーを語りたいとも思った。
(基本情報)
大英博物館
Eight mummies, Eight lives, Eight stories
2014/11/30 まで
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