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アナ、3分 そしてフクシマへ :ビクトル・エリセからのメッセージ

遠い外国に暮らしながら福島のことを言ったり書いたりすることには、説明のつかない躊躇がわたしのなかにあります。その場の空気を吸い、その苦渋の一滴も味わっていないくせに、いったいどんな言葉が吐きだせるのか。何を言っても薄っぺらなものでしかないのではないか。そんな思いが胸の奥からふつふつとしてくるのです。

わたしにできるのは、今までほとんど無知だった放射能被害やチェルノブイリについての情報をかき集めることだけ。事故当初、海外の報道は日本の報道よりも早かったし、開かれてもいました。だから、なおのこと危機感が膨らんでしまい、日本の家族や友人たちによけいなお節介をしたのではないかと反省しています。

 

もうかつての世界ではないことを理解するのは決して容易なことではありません。今日は、だからこそ、書いておきたいと思うのです。そのことを自分に言い聞かせるため、すこし遠のいてしまった痛みを思い出すために。そう駆り立てたのはスペインの映画監督でした。

事故から7ヶ月が過ぎようというある日、ツィッターで、ビクトル・エリセ監督が日本にメッセージを送っていることを知り、驚いてさっそく開いてみました。監督は射定めたある女優に小さな映画作りを手伝ってほしいと頼んだところ、ふたつ返事で承諾をもらい、即座に制作されたのだそうです。その女優とは、あの「ミツバチのささやき」(1973)の少女アナ・トレントです。

ご存知のように、エリセは10年に1本撮るか撮らないかという寡作の作家。それだけに、作品一本一本が作り手の心が込められた、美しい輝きを放つ珠玉です。わたしが見た最後の作品は「マルメロの陽光」(1992)ですが、次の作品はいつできるのだろうと楽しみに待っていました(迂闊にも「10ミニッツ・オールダー」は見逃してしまっていた)。その彼が、今回の日本の惨事をうけて、すぐさま映像のメッセージを発信してくれた、広島原爆の記念日に、素敵な女性に成長したアナといっしょに、たった3分のまっすぐなメッセージを。そのことにまず心を動かされたのです。

コンピュータのカメラに向かって最後にアナが語りかけます。

「わたしは感じるの、わたしたちを見つめる死者たちの問いかけを」

そういい終わると、アナはカメラをじっと見つめる。その瞳は、わたしのなかで6歳のアナの瞳とみごとに重なりました。あのときのアナは、姉イザベルといっしょに古いフランケンシュタインの映画を見ていた。映像には女の子と花を積んで遊ぶフランケンシュタインが映し出されていましたね。その後、女の子も怪物も殺されてしまいます。そして、姉にこう聞くのです。

「どうしてあの怪物は殺されたの? どうして女の子は殺されたの?」

6歳のアナの瞳も成熟したアナ・トレントの瞳の奥にも同じ問いがありました。

「なぜ、彼らは死ななければいけないのか。なぜ、そのような不条理が世のなかに存在するのか」

でも、それぞれの問いはすこし質が違うように思います。ミツバチのアナのそれは、無垢な少女のしかし本質を見抜いた純真な問い。現実と夢想のいれまじる世界に「わたしはアナよ」と呼びかけながら問う問い。舞台の控え室にいるアナのそれは、現実社会の矛盾を見据えたうえでの、訴えかけるような問いかけです。そう「わかってる」。だから、繰り返し、繰り返しひとびとに、また自分に問いかけなければならない。でなければ「地球が疲弊してしまう」。

 

「ミツバチのささやき」のなかで、小さなアナはフランケンシュタインとスペイン市民戦争の逃亡兵をごっちゃにしていましたね。そして、その兵士も政府軍によって殺されてしまった。彼の死はスペインにとって何を意味したのか。それは、比喩を巧みにちりばめたエリセの社会への問いかけでした。当時のスペイン政府の検閲から逃れるための方策でもあった。しかし、その手法も手伝ってか、あの映像詩が生み出され、ひとびとの心に残る普遍的な作品となったのでしょう。

今回の短い映像は、これまでの隠喩を使った手法ではなく、実にシンプルで直接的なものです。そのなかでも、静かで美しい語り口は生きています。「地球の隅々に伝わるように」と、あえてそういう手法をとったのだです。そうであるべきだと思いました。比喩や音楽でオブラートするのではなく。現実はそんなものを吹き飛ばしてしまうほど凄まじいのだから。音をいれるなら、腹底に響く尺八の音しかないし(核戦争を描いたタルコフスキー「サクリファイス」で使われた音楽)語り手はアナをおいて他にいない。

主演アナ・トレント 監督ビクトル・エリセ 3.11
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