『小学三年生』:ロンドンの多文化共生を語る美術展
ロンドンの地下鉄プラットフォームを歩きながら、いつもと違う大広告に目が入った。
そこにあるのは小学生の集合写真。
どこの広告?と、企業名を探すが、みつからない。
「Year 3 プロジェクト」とあるだけ。
Year 3とは、イギリス小学校の学年で、7−8歳の生徒たちを指す。
なるほど、写真のこどもたちはそれくらいの年頃で、先生を中心にこちらをみて笑っている。
駅を出て街を歩くと、営業車が飛び交う道路脇の巨大なビルボード(広告看板)に、同じようなクラス写真があるのをみつけた。
この街で一体何がおこっているのか。
答えは美術館にあった。
実は、イギリスのアーティスト、Steve McQueenのテートブリテン美術館(Tate Britain) での展覧会の一貫なのだ。
そのタイトルこそが『Year 3』。
だからといって、美術展の「宣伝」ではない。だって、ビルボードに「Tate Britain」という言葉もなく、そもそもこの特別展は入場無料だから。
美術館の巨大ホールの全壁面は、ロンドンにある学校のクラス写真で覆い尽くされていた。
一枚一枚のクラス写真に写った子供たちの多様性といったら!
黒人の子もいれば、ヒジャブを被った女の子もいれば、白人の子もいれば、アジア系の子もいれば、車椅子の子もいれば、トランスジェンダーの先生もいれば。。。
世界的な都、ロンドンは多民族都市だ。人口の53%は移民である。
多様性はもちろん「民族」だけではない。
「Year 3」といえば、子供が家庭から社会全体に関心を持ち始め、
自分は何者なのかと、自己のアイデンティティーを獲得していく年齢でもある。
アーティストは、現代の社会状況を、その豊かさを、その共存を静かに表現しているのだ。
そこには、アーティスティックな技巧もない。◯◯イズムもない。学術的な解釈もない。
あるがまま。シンプルで、だから力強い。
わたしが美術館を訪れた時、まさに写真に撮影された子供たちが、招待されて学校からやってきていた。
思えば、一般的に、美術館経営の中で「子供」は、「教育の対象」でしかない。
ところがここでは、彼らこそが、アイデンティーという現代的なテーマの主人公でありコンセプトなのである。
Steve McQueenといえば、20年ほど前に、あのトラファルガー広場の第四の柱に、
障害のある妊婦をモデルに巨大な彫刻を作ったアーティストだ。
彼の表現には、常に社会から差別されたり、見過ごされた人々の目線がある。
彼自身も黒人のアーティストだ。
さらに興味深いのは、彼のプロジェクトが、美術館という枠組みを超えて、ロンドンの市中に展開したこと。
実に約600点がロンドン中にあるという。
なんとアンビシャスなプロジェクトであることか。
「文化における多文化共生」とか「美術館教育」とかという議論を超えて、
その現実が生きられている街中に、道行く人々の目に、すっと入ってくるのだ。
振り返って、日本も多文化共生の時代を迎えた。
日本のミュージアムもようやく多文化対応を模索し始めている。
ロンドンほどではないでしょうと、あなたは言うだろうか。わたしの周りは日本人ばかりですよと。
本当にそうだろうか?
この9月日本に帰って、コンビニやカフェで働く人の多くが移民の人々で驚いた。
海外に住んでいるから、たまに帰国すると、その変化に敏感に気づくのだ。
大きな変動が起こっていることを、ひょっとしたら、あなたは意識から外しているだけかもしれない。
「外国人」は、一時的な「旅行者」だけではない。
いや、もはや、「外国人」という認識自体を捨てるべき時ではないか。
その現実を、刻一刻と変化する日本の社会図を、見て見ぬふりをすることはできないだろう。
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展覧会は、2020年5月3日まで。
ビルボードのプロジェクトは2019年の11月22日まで。
(下のリンクはその地図)
https://bit.ly/37cUzFA