ロシアから自由をこめて:イリヤ&エミリア・カバコフ展@テート・モダン

部屋の外壁に厚手の黒いコートがかかっている。

部屋の入り口には板がハマっている。

板の隙間から、中をのぞいてみる。

 

4畳ほどの広さ。床は散らばり放題。

古新聞、汚れた靴、伸び切ったベルト、使いさしのペンキの缶・・・簡易ベットがふたつ。

壁はポスターで覆い尽くされ、スターリンやレーニンの顔がみえる。

赤・黒を基調にした、ソ連のプロパガンダ・ポスターだ。

 

部屋には誰もいない。さっきまでいた気配はある。

衝撃的なのは、天井に大きな穴がぽっかり空いていること。

何かが空から落ちてきた。爆弾か? 隕石か?

だとしたら、部屋の床に形跡があるはず。でも、奇妙なことに、そんなものもない。

ふと、何かが宙吊りになっているのが目に入る。

小さな板のようだ。それが天井の四隅からバネで吊り下げられている。

あれは一体、何なんだ。

 

わたしがみているのは、ロシアのアーティスト、イリヤ・カバコフのインスタレーション作品。

タイトルは『自分の部屋から宇宙へ飛んだ男』とある。−なんと奇妙な。

『宇宙から堕ちてきた男』なら、わかるけど。

 

展覧会をみながら、少しずつカバコフが生きたソ連時代の人々の生活が垣間見えてきた。

と、同時にこの作品の意味もつかめてきた。

 

ソ連体制下では「表現」は大きな制限を受けた。

一般の人々の生活も自由なものではなかった。

都会には政府が造った共同アパートメントが立ち並んでいた。

そこでは共同風呂や共同キッチンが当たり前で、常に他人の眼にさらされる場だった。

つまり、コミュニティーが自前の監視システムとして機能していたのだ。

 

作品は、抑圧された日常のリアリティーと、

彼自身の、いや、すべての個人の自由への願望をあらわしているのだろう。

思えば、この頃はアメリカと競り合って、宇宙船を飛ばしていた時代だった。

テーマとしては重いけど、

ここまでまっすぐSF的スケールで迫られると、

感情を突き抜け、ユーモアさえ感じてしまう。

 

展示はゆるやかにカバコフの活動歴を追っていく。

ソ連が崩壊した後の作品も、かつての体制の記憶が残り、けっして自由ではないことを物語っている。

 

 

最後の展示室では、天使が主なモチーフになっていた。

不安定なハシゴのてっぺんに、小さな人がいて、両手を伸ばしている。

天井からは天使がその手に自分の手をさしのべようとしている−そんな、部屋全体を占めるほどの大きな彫刻があれば、

美術館の中の天使を描いた平面作品や、ビル街に落ちた天使や。。。

 

 

羽をもつ天使は、最初の作品、『自分の部屋から宇宙に飛んだ男』の裏返しなのか。

そこまで展示をみてきて、

なるほど、抑圧された生活って、ソ連だけに特有なのではなくて、

現在の社会にもつながることに気付かされる。

21世紀のイギリスにも、日本にも。

 

あの小さな人は、実は私たちなのかもしれない。

あの天井に穴を開けたのは、わたしたちの望みなのかもしれない。

 

どの国にも体制による、あるいは社会自身による抑圧がある。

でも、どんな人にも自由への希望がある。

展示全体が、そう語っているかのようだった。

 

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Ilya and Emilia Kabakov イリヤ&エミリア=カバコフ、21世紀を代表する現役のアーティストの回顧展

Tate Modern

28 Jan 2018まで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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