アールデコと中世の宮殿の融合:エルサム
テムズ川の南側、ロンドンから電車で小一時間ほどいったところに
「エルサム宮殿」という隠れた宝石がある。
名前のとおり、中世の昔から英国王室の宮殿があった。
昔の王たちは、ロンドン内外にたくさん宮殿をもっており、
飽きてしまったらお引越しをして、綺麗にリフレッシュされた城に移って、
また新しい宮廷生活や執務を始めた。
エルサム宮殿の歴史は古く、14世紀まで遡る。
何人かの王たちは、ここをとても気に入り、狩をしたり、クリスマスを過ごしたりしたのだそうな。
かのヘンリー8世も、エリザベス1世も若い頃よくここを使ったという。
しかし、16世紀の終わりになると、新しい城が建造されて、だんだんと使われなくなり、
19世紀には、ほとんど廃墟と化していた。
1920年代、ある富豪がモダンな邸宅として甦らせ、家族の住まいとした。
新しい持ち主の名はステファン=コートールド。
コレクションを寄贈して、それがコートールド美術館となった、あのサミュエル=コートールドの弟である。
兄弟そろって、芸術愛好家なのだ。
コートールド夫妻は、朽ちかけた宮殿のグレートホールは壊さず、
それをもとのように修復し、そこに新しい建築をつなぎ合わせた。
夫妻は、最初から住まいになるような中世の建物を探していたという。
修復されたホールは、現存する建造物の中で、
あの国会議事堂のウエストミンスターホールの次に大きな中世ホールである。
(以下、室内は撮影禁止のため、オフィシャルの写真を借用している)
夫妻がしかけたことは、それだけではない。
その中世建造物にアールデコの建造物をつなげたのである。
その変身ぶりは目をみはる。
中世のホールを一辺として、
V字型になるように、もう一辺を新たに増築した。
そのVの要になる部分が、客人がまぬかれるエントランスホールになっている。
外観的には、新旧はすんなり融合している。
ところが、宮殿の重厚なイメージをもって、中にはいっていけば、
その広々とした明るい丸形ホールに、ドキモを抜かれる。
丸い天井からは、さんさんと陽が注ぎ
床には、落ち着いた赤い色のモダンなカーペットが敷かれ、
その上には、白い家具がゆったりと円を描いている。
曲線を描く壁面はすべて落ち着いた色の木で、
ある一面には、巨大な寄木の風景と人物が描かれている。
その時代の最先端であるアールデコのスタイルと北欧のデザインが融合した様式だ。
特筆すべきは、夫人ヴァージニアの寝室の素晴らしいお風呂だろう。
金のモザイクに囲まれた丸い壁面、その下の大理石の湯船。
プシケの美しい像が静かにうつむいている。
なんと優雅なバス・タイムだったことだろう。
一家は、マダガスカルの珍種動物、キツネザルを飼っていたそうな。
「ジョンギー」という名前。これ、また優雅な。
建物を囲む庭も美しい。写真から伝わるとよいのだが。
エルサム宮殿の全景。 この図が誇張してるわけではない。 実際に緑あふれるすばらしい土地である。
戦争が始まって、一家はこの家を手放さざるを得なかった。
エルサムは再び人の住まない建物になった。
戦後、English Heritage が買い取って、現在はひとびとに公開されている。
アートローグは、エルサムと世界遺産グリニッジを組み合わせるツアーを計画中です。
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