画家たちのヒーロー:ドラクロワ

「ぼくらはみな、ドラクロワの言葉を使って絵を描いているのさ」

そう言ったのは、セザンヌだ。

19世紀半ば、若い画家たちは、アカデミズムの伝統の縛りから抜け出ようとしていた。

そんな彼らにとってヒーローだったのがドラクロワである。

セザンヌのほかにも、ゴッホ、ゴーギャン、ルドン、マティス、、、、。

こんなに多彩な方向性もバラバラの画家たちが、

自分たちが目指すべき方向はドラクロワだと絶賛したことは、驚きですらある。

 

今、ナショナルギャラリーで開催中の「ドラクロワ:近代美術の幕開け」展は、

ドラクロワの作品が後輩の画家たちの作品と並んで展示されているという点で、とてもユニークな展覧会だ。

だが、全体を見終わって、ドラクロワの表現の何が後の画家たちひとりひとりに影響を受けたのか、

はっきり言ってわからない。

それなら、ドラクロワに集中した展覧会の方がよいのではという声もある。

だが、展示場を二度目に回って、

彼の影響は表現技法というよりも、制作に対する態度なのだと、わかった気がする。

その意味では、ちょっと玄人受けする展覧会かもしれない。

オーソドックスな展示方法ではない構成がとられているからこそ、

当時のドラクロワの卓越さが別の角度から理解できたという意味で興味深い展覧会だった。

 

ドラクロワの時代には、フランスのアカデミズムが権威の光を放っていた。

ドラクロワは、当時は珍しく独学の画家だ。

学校では、過去の巨匠たちの模倣が基本だった。

そこでは、まず色を使わないで、手本の作品のデッサンをするのが当たり前だったという。

ところが、ドラクロワは、はじめから色を使った。

作品のすべてを丸ごと、自分の脳裏に焼き付けたのだ。

やがて、色の表現は、彼の画業の中で最も重要な要素となった。

 

当時のアカデミズムでは、わかりやすい物語を伝える事がよしとされた。

ドラクロワは、典型的な物語よりも、ケオスのエネルギーを、人間の複雑性を描いた。

それが、例えば、あの大作「サルダナパルスの死」に対する当時の批判になったのである。

 

後世の画家たちがドラクロワをヒーローだとしたのは、

そうした既存の概念を突き破るような、新しい目となってくれたからではないだろうか。

私たちの見方は、その時代、その社会のありように影響を受けて、ある種の枠にはまっている。

アートは、その枠を外して、別の角度から世界に光をあててくれるものなのだ、

この展覧会をみて改めて感じたように思う。

 

Eugène_Delacroix_-_La_Mort_de_Sardanapale

「ドラクロワと近代の幕開け」展

ナショナルギャラリー

5/22まで

 


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