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戦後の日本の家:バービカン・センター

ロンドンのバービカン・センターで日本の戦後建築についての展覧会が開催中だ。

建築展示ならよくあるように、有名な建築家によるアイコニックな近代的な建物の話ではない。建築学的なアプローチでもない。

ではなくて、普通の民家の建築を通して、戦後の日本の家族や住まい方を追う、とても興味深い展覧会だった。

特に面白かったのは展示の最初と最後、そして、そのコンビネーションだ。

 

展示は、小津安二郎の映画のいくつかのシーンを写す部屋から始まる。

あの、「タタミに座るアングル」で捉えた家屋のなかだ。

笠智衆や原節子じゃなくて、屋内に目を注いでみる。

戦後、物はないけれど、障子のグリッドや縁側、タタミの上の丸いちゃぶ台。どこもこれもシンプルで美しい。

貧しいからそうなだけなのだろうが、こうしてみると、ミニマリスト的な美を見出してしまう。

そこに住まう家族は、戦後が生んだ「核家族」だ。

そんな小さな家に住む家族の関係を、映画は静かに描いていた。

 

展示の最後は、現代の建築家、西沢立衛が手がけたある個人、「Mさん」の家のコピーをそっくり展示場内にセットしたもの。

真四角な白いキューブが間隔をおいて並んでいる。

ひとつひとつが、寝室だったり、お風呂場だったり。

建物内に生活空間のすべての部屋が入り込むという常識を打ち破っている。

ひとつの機能が、ひとつの箱にはいり、それが敷地の中に点在する感じ。箱と箱をつなぐのは狭い庭。

お風呂に行くのに、居間からいったん庭にでて、その箱に行く。

箱の中には、住まう人々の興味や生き方が伺えるような本やレコードや家具がおかれている。

一瞬、ここに住むにはとても不便にみえる。でも、そこには、現在の人々の家族や生き方が反映されている。

 

オーナーの「Mさん」は、東京の下町で生まれ育ち、外国にも行ったことがない。

前の年に、看病していた母を亡くし、たったひとりになった。

普通なら、その家を売り、土地を離れて、マンションなどでもっとコンパクトに暮らすだろうに、

そうはしなくて、彼は建築家西沢氏に手紙を書いた。

建築家からの返事は、「あなたは家が必要なんじゃない、必要なのは小さな村だ。しかも、東京のど真ん中に。」

 

Mさんが暮らす様子を描いたビデオが隣に流れているのだが、けっして有名な建築家に注文するようなお金持ちにみえない。

こんな洒落た家に暮らすにふさわしような、趣味のよいおしゃれな人でもない。

いつも、Tシャツと短パンだけの、ちょっとシャイな60代の男性だ。

母を亡くし、Mさんは孤独になった。

西沢氏がMさんの敷地内に建てた建築のいくつかのボックスは、他の人に貸せるように設計されたもの。

そこには、コンパクトでいいからこんな家に住みたいと思う若者が暮らすようになった。

そのボックスのゆるやかに内外につながるデザインのおかげで、まるでご近所さんのように、若い棚子さんたちと会える。

洗濯場を共有する。醤油を貸し借りする。バーベキューをする。小さなコミュニティーができた。

その小さな「村」は、かつての東京の下町がもっていたような、家と外が有機的につながる空間なのだ。

もしMさんが、住み慣れた土地を離れて、コンクリートのマンションに移り住んだら、さらに孤独になった事だろう。

 

高齢化が進み、結婚しない人が増えている日本。

東京には、Mさんのように、ひとりで親を看取って、天涯孤独になる人々が潜在的にたくさんいるに違いない。

時代とともに、家族の有り様や、人々の生き方が変われば、容れ物のあり方も変わる。

展示はその事をうまく語っていた。

 

イギリスの博物館が、日本をこのように深く掘り下げているのにとても関心したと同時に、

離れているからこそ、客観的に描けるのかもしれないとも思った。

この展示場には、日本人というよりは、イギリス人がたくさん見に来ていた。

地味だけど、とても評判がよい展覧会だという事も、なんだか嬉しかった。

 

追記:ところで、バービカン・センターのあるバービカンも戦後にできた巨大な住居コンプレックスだ。ここでやる意味がよくわかる。

 

 

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バービカン・センター

「にほんの家:1945年以降の建築と生活」

2017年6月23日まで (ごめんなさい。もっと早くに知らせればよかった・・・)

https://www.barbican.org.uk/artgallery/event-detail.asp?ID=19951