新しいアムステルダム国立美術館
十年の歳月をかけて大掛かりな改装工事をしていたアムステルダム国立美術館(Rijks Museum)が、2013年4月にリニュアルオープンした。昨年11月にオランダを旅した折、わたしとしても十年ぶりに訪れる機会を得ることになった。この国立美術館は、いやゆるオランダの黄金時代といわれる十六世紀芸術で有名だ。レンブラントの「夜警」もここにある。しかし、ここで、その素晴らしいコレクションについて語る気はない。それよりも、この美術館が挑戦した美術館としての「新しい空間づくり」について、お話したい。
まず驚いたのは、エントランスである。伝統的なミュージアムは、まず例外なく、正面に階段があり、それを上がって入っていく構造になっている。それは、ミュージアムは「美の殿堂」であるべきだという考え方からきている。神殿に入るように厳かな気持ちになるよう演出されているわけだ。この美術館は、ルーブル美術館に倣って、1885年に造られたのだが、同じようにその定石を踏んでいた。
ところが、外観は昔のままにしながら、リニュアルしたこの美術館では、エントランスがガラッとかわったのである。写真からもわかるように、石造りの建物の中央にアーチ型の屋根の三つの通路があるが、自転車も行き来するその通路にはいっていくと、その両側に大きなガラス張りの壁面があり、そこから、外光のはいる明るいホールが見渡せるようになっている。反対側には、ひろびろとしたレストランや人々の寛いでいる様子が手にとるようにわかる。
ようするに、ここを訪れた人はまず、この美術館の開放的な空間に引き込まれ、そして、ガラス戸扉を開いて、階段を「降りていく」=「浸っていく」のである。
この最初の入り方は、来館者の心理的な経験を変えるにちがいない。かつての美術館の空間は、崇高な気持にさせられたり、圧倒されたりするものだった。それは、時に、精神的な疲労を導く経験だった。そもそも、美術との出会いはそのような崇高なものであるべきだと考えられていたからだ。
ところが、近年、そうした伝統的な美術館のあり方に疑問が投げかけられるようになった。もっと、明るく、オープンで、親しみやすいものになってきている。言い換えれば、まず芸術がありきではなく、それと出会う人々の経験を重視しようと試みはじめているのだ。
私自身も、その入り方が、その後のギャラリー内の見学に少なからず影響を与えたように思う。 加えて、ギャラリー内の構造も配慮が行き届いていた。シンプルでわかりやすいルートづくり、ひとつひとつのギャラリーの適度な大きさと、適度な展示物の数、ところどころにおかれたベンチ。
また、従来のように、絵画なら絵画だけとか、陶磁器なら陶磁器だけというような、衒学的なジャンル分けがなされるているのではなく、大雑把な時代ごとに、その時代に生み出された物が、絵画でも陶磁器でも家具でもいっしょに並べられているのも、新鮮だった。
そういう構成はややもすると、ごちゃごゃした感じになるが、そうではない。むしろ、とても有機的で心地のよいものであった。ある時代を知るうえでも、その変化を見る上でも有意義な見学になった。
難をいえば、もうすこし、レストランとかカフェテリアの空間が広くて、トイレももっともっと要所要所にあればよいと思ったけれど、贅沢はいうまい。まずは、来館者の経験を中心にすえて配慮された新しい美術館の誕生におめでとうを送りたい。
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