自転車冒険旅からコッツウォルズ運河の旅へ
シェークスピアの誕生地、「ストラットフォード・アポン・エイボン」から二つ目。
小さな駅に列車が着くと、
プラットフォームで、あつ子さんとアンディーさんが笑顔で迎えてくれた。
あつ子さんたちは、ナローボートというイギリス運河専用の船の水先案内人。
「アットイーズ号」と名付けらたボートの、制作者であり、オーナーさんでもある。
これから、中学時代の友人たちと一緒に、北コッツウォルズ地方の運河の旅にでるのだ。
「ナローボート」とは、イギリス産業革命の初期に、
重要な運搬交通網となった運河を走る、文字通り「狭い=ナロー」な船のこと。
産業を支える重要な役割を担ったボートは、
蒸気機関車が登場して以降、急激に斜陽し、運河も埋められたりしたものの、
戦後、イギリス人の優雅な余暇の過ごし方として、みごとに復活した。
今では、あつこさんたちのように、ボートを住まいとしている人々もいれば、
数日から何週間もかけて、ナローボートでゆっくり旅する人たちもいる。
今年はじめ、旧友たちがイギリス旅行を真剣に計画し始めた時、
観光ガイドにもあまり紹介されていない「ナローボート」の旅のことを提案した。
ヨーロッパがはじめてという彼女らにとっては、かなりな「冒険」旅にちがいない。
でも、わたしの提案に快くのってくれて、ナローボート1泊2日の旅をすることになったのだ。
「アットイーズ号」には、素敵な暖炉のあるリビング/ダイニングルームも、シングルベットの部屋、ダブルベットの部屋、こじんまりしたキッチン、快適なシャワールーム、お手洗いも完備されている。
自転車よりゆっくりしたスピードで数時間ほど田舎風景のなかをすすみ、静かな船着き場についたら、船の中で一泊。
翌朝、船のベットで起きたら、やはり船のダイニングで手作りの朝食をいただいて、また、ボート旅を楽しむという、優雅な行程だ。
ボートが進む、緑の田園風景をぼんやり眺めながら、
美味しいお茶をいただきながら、
あつこさんのナローボートの歴史話に耳を傾けた。
前方にレンガの橋がみえてくると、かつてはどのように馬がボートをひっぱっていたのか、
ボートはどのように行き交ったのか、ボートの人々と馬の関係とかを教えてくれた。
赤いアットイーズ号が、緑のトンネルの中、それを写した鏡のような水面を割って行く。
鴨や白鳥や、様々な水鳥たちが、小さな水音をたてながら、そばに寄ってくる。
時折、ほかのボートとすれ違う。
カップルだったり、家族だったり、思い思いに優雅な時を過ごしているのが垣間見える。
Where are you going? Have a nice trip! Have a nice day!
自然に声かけあう。
「今日は空が高い。日本の空のようですね」
あつ子さんが広がる雲の事を語り始めた。
友人たちは、きれいな雲をみながら感動した。
今の日本の都会は空が狭い。
日々に追われて、こんなふうに雲がかわっていくことを眺める時間はないのかもしれない。
あつ子さんがいう。
「イギリスの風景画家コンスタブルが描く雲のようになるときも、よくあるんですよ」
そういえば、コンスタブルの絵のなかに、ナローボートを描いたものがあったっけ。
やがて、それまで、ボート運転を担当していたアンディーさんが、声をかけてくれて、
わたしたちに操縦の仕方を教えてくれるという。
操縦はとても単純で、もちろん免許もいらない。
実際に舵取りをすると、わたしがこの船を操っているのだと、少し得意になる。
ナローボートのことも少し分かった気になる。
なにより、自分の意志で、水路をいくこの自由!
あるところでは、水路の高低さがあるため、ロックといわれる水門を通過する。
水門を開けるのも、そのなかに水を出し入れするのも、
すべて手作業で、わたしたちも実際にやらせてもらえる。
こうやって手を動かして、経験する事で、運河の仕組みがもっとわかる。
また、アクアダクトという、道路や線路の上高く、水路が設置された水の橋、
しかもイギリスで2晩目に高いアクアダクトも通った。
細い水路を行きながら、はるか眼下に線路をみた時は、思わずスペクタクル!
人のエンジニア力って、やっぱりすごい!
そうして、出発から2時間ほど、今日の停泊地についた。
すでに、そのあたりには、他のナローボートたちが泊っている。
近くには、ナローボートの旅人たちを相手にした小さなパブがあり、
そこで、友人たちと夕食をとった。
そんな旅だったせいか、ローカルビールとパブディナーを楽しみながら、
話は、ナローボートからみえた風景のすばらしさ、普通の観光ではできない特別な経験から、
中学時代のはじめての冒険旅行に広がった。
それは「自転車旅行」だった。
たかだか、日帰りの数十キロの旅だが、
わたしたちにとっては、親から離れて、学校区から離れて、自力でもっとも遠くまで行き着ける
-解放感とちょっと大人になった気分を味わった冒険だった。
田舎のパブを出て、アットイーズ号まで、中学生のように大笑いしながら歩いた。
空は大きく、雲が茜色にたなびき、
その下で、馬の親子が草を食んでいる。
運河には色鮮やかなボートたちが停まり、
水鳥の家族がV字に波を引きながら、静かにすべっていった。
ナローボートでの運河下りにご興味のある方はこちらから