全てを抱いて、宙に浮く:ケーテ・コルヴィッツ

目をみはって少女は怒っていた。

展示壁には、たくさんの自画像 − ひとりの人生が並べられている。

年月が過ぎ、少女は老いて、

今や彼女の目はうつろだけれど、ごつごつした手には様々な感情が交錯する。

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次の展示室に足をすすめると対象は群像になる。

貧しい人々、働く人々、母親、子供たち。みな社会的弱者だ。

ドロゥーイングから、エッチング、木版画、そして彫刻。

弱い人々に対するシンパシーと同時に憤りがこめられ、どれもこれも、とてもパワフルだ。

なかでも心動かされたのは、死んだ息子を抱く母である。

慟哭の顔、魂がぬけたような顔、命がけで守ろうとする大きな腕、幼い顔を優しく抱く皺だらけの手・・・

時に、死んだキリストを抱えるマリア、ピエタ像と重なる。

違うメディアで、違うアプローチで、これでもかこれでもかと同じテーマに迫る。

 

女性アーティストの名前は、ケート・コルビィッツ Kathe Kollwitz 。

第一次、第二次大戦と戦争の時代を生きたドイツ人である。

彼女もまた、第一次大戦で息子を、第二次大戦では、孫をなくした。

戦争に対する非難を表現してきたために、本人や夫もナチスに脅迫された。

作品の圧倒的なパワーは、自分が生き抜いた苦悩の深さからくるに違いない。

 

もうひとつ、よく使われたモチーフに、宙に浮く人体を描いたものがある。

時に亡骸のように見える。

一縷の望みを抱いて飛ぶ人間そのものにも見える。

墓の中で硬直したまま横たわるイエス・キリストのイメージ

− あの、ホルバインの絵とも、繋がる。

 

この夏、友人とドイツのケルンに行った時、

Kollwitzの事、彼女だけをとりあげた美術館がある事を教えてもらった。

恥ずかしながら、このアーティストの事を全く知らなかったのだが、

わたしにとって、ケルン大聖堂にも劣らぬ、忘れがたい深い出会いになった。

 

そこでたまたま出会った英国人と言葉をかわすチャンスがあった。

彼らは、Kollwitzのことを、一昨年前に大英博物館でやっていた「ドイツ展」で、知ったという。

その展覧会で、Kollwitzの友人が手がけたKollwitzをモデルにした像をみたのがきっかけなのだそうだ。

実はわたしもその展覧会に行き、像も目にしていたのだが、たいして記憶に残っていなかった。

ぼんやり覚えているのは、独特な顔をして、宙に浮かんでいる像だ。

 

彼らは、この美術館のそばにある教会にいけとすすめる。

大英博物館で展示された、宙にうくKollwitzの像があるという。

彼女の作品にとても感銘を受けたので、ぜひ、訪ねる事にした。

教会の暗いステンドグラスの前に、まさにそのKollwitzの像が宙に浮いていた。

その下には、第一次世界大戦と第二次世界大戦の年号。

その作品を、そのセッティングのなかでみて、大英博物館では思いもしなかったような、震えを覚えた。

教会の前に彼女の生涯の仕事をみせてもらったお陰なのだろう。

 

宙に浮くKollwitzは、もはや、死んだ自分の息子だけの母ではない。

全ての兵士たちの母、

ドイツ兵だけではなく、全世界の子供たちの母である。

 

だけれど、もう、しっかり腕をまいて子供たちを守る必要もない。

死んだ子供たちの魂とその悲しみを優しく抱きながら、ひとつになって空を飛んでいる。

怒りと悲しみを超越した穏やかな顔をしていた。

 

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