コンスタブルの雲がたなびく美術館

 私を画家にしたのはふるさとの風景だ。
英国を代表する風景画家コンスタブルの言葉である。
彼の故郷に対する愛をこめたまなざしは、
同国人をして、コンスタブルの「風景画」はイギリスの「肖像画」であるとまでいわしめた。
今も、コンスタブルの生まれ育ったイースト・バーコルドへいくと、
1800年代はじめに、彼が描いたとおりの風景が、かわらずわたしたちを迎えてくれる。
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しかし、今回のヴィクトリア&アルバート美術館での特別展は、
そうした従来の見方を一度留保して、違う角度から光を当てようとした興味深い展示だった。

最初の展示室からいきなり、新しいコンスタブル像が始まる。

そこでは、この画家が残した手紙や周囲の人の証言をもとに、彼がいかに先輩の巨匠たちの影響を受け、

模倣し、自らの表現を模索していったのか、

緻密な調査をもとにして、影響を受けた画家たちの作品と一緒に並べている。

例えば、クロード・ロラン、ニコラ・プッサン、ゲインズボロ、ルーベンス・・・。

 ルーベンスの手による星降る夜の風景を描いたミステリアスな作品の横には、
それに影響を受けたであろうコンスタブル20代の作品がある。
まだ駆け出しのこのイギリスの若い画家は、自分の寝室にそのルーベンス作のコピーをかけていたのだとか。
こうしたアプローチは、「独学の画家」というコンスタブル像が、偏ったものではないかと問いかけてくる。
展覧会のもうひとつの魅力は彼のスケッチとそれをもとにした完成作を並列していたことだ。
スケッチといっても、想像されるような白黒の素描ではなく、
少ない色数でおおまかに描いたものを指す。
コンスタブルの頃は、まだチューブの「絵具」が開発されていなかった。
つまり、画家が戸外で大きな作品を制作する事は、物理的に困難だったのである。
作品に戸外の新鮮さをもたせるために、コンスタブルが工夫したことは、
完成作と同じ大きさのキャンバスを現場に持ちこんで、少ない色数でスケッチを描いたことだ。
そこには二つの目的があっただろう。
ひとつは、大きな画布を相手に、作品の構成を決めること。
小さなものならよいが、大作は画面構成が重要だ。
風景をどうきるか、それを実際の様子をみながら決めなくてはいけない。
もう一つは、現場の光や風を新鮮に表現する事である。
夏の日に描いたスケッチを、冬のロンドンのアトリエに持ちこんで、
あの風を、土の湿り気を、脳裏に思い起こしながら、
その記憶を指先に移して、大作に丹念に落とし込んでいったのである。
今回の展覧会では、違う美術館が所蔵する原寸大のスケッチと完成作が三組も隣り合わせにあった。
わたしたちは、それらをセットでみることで、
戸外の現場での画家のエネルギーや自然の動きを感じたり、
同時に、一枚の美術作品として仕上げる時の画家としての細心な心配りをみることができる。
こういう発見は、特別展示ならではの貴重な経験に違いない。
一人の画家をテーマにした、一見、オーソドックスな展示だが、
従来の社会通説に風穴を開け、画家に対する理解を広めた革新的な展覧会だった。
お宝作品をぽんと置いただけの人気取りではなく、キューレターのプロフェッショナルな心意気を感じる展覧会だった。
満足した気分にひたりながら、美術館の中庭にでると、
コンスタブルの雲がなびいていた。
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