Chinese Painting を改めて知る@ヴィクトリア&アルバート美術館
中国美 術を知っているかと聞かれたら、いや、ほとんどと答えるしかない。典型的なイメージは浮かんでも、その長い歴史についてはなおさらだ。ヴィクトリア&アル バート美術館(V&A)で開催中の「Chinese Painting 700- 1900 」は、イギリスでも始めての総括的な展示であった。わたしの2014年の展覧会は、ここから始まった。
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まず、ハッとさせられたのは、中国での風景画の風格だ。美術史に通じた人なら、ヨーロッパでは風景画というジャンルがずいぶんと遅れて発達したことをご存知だろう。はやくて15世紀末ではないか。ルーベンスが大きな風景画を描いたけれど、それは注文ではなく、自分が楽しむためであって、すでに巨匠となっていたからできたことだった。風景は、より上格にある物語画や宗教画の背景でしかなかったのである。
それが中国ではなんと11世紀にはりっぱなジャンルとして確立していたというわけだ。改めて作品を眺めてみれば、目の前の風景の描写というより、そこには空気やCOSMOS(宇宙)さえもが表現されている-そのスケールのなかに、旅人など人間の営みを小さく添えて。自分を取り巻く世界の捉えかたが西洋のそれとは全く違うのだ。一幅の巨大な墨絵を見て、わたしはうなってしまった。
西洋絵画には見出せないジャンルもある。「文人画」というやつだ。絵と詩が一体化した独特の表現。中国の文人画家たちは、絵の表現技術を磨くと同時に自身で詩作をし、それを書にしたため、融合した芸術を創ることを追求した。絵の心と詩の心が一つになってはじめて生まれる芸術だ。今回わたしが足を止めたのは、蘇東坡の有名な詩と風景画を融合させた十数メートルにおよぶ巻物だった。かつての愛好家たちは、この巻物を少しずつ繰りながら、独特のヴィジョンのなかに旅をしたに違いない。
興味深いことに、V&Aの展覧会場の一角で、16-18世紀ごろの日本がいかに中国絵画-特に文人画を敬愛していたかについて具体的に説くコーナーがあった。展示品のいくつかは、なんと大阪の市立博物館など日本の博物館から借り出されたものだ。確かに、歴史を通して日本人は中国の文化からたくさんのことを学び、それを手本としながら、独自の表現法を探ろうとした。そして、ハタとわれを振り返ってみるのである。なぜ今のわたしたちは、中国の美術についてほとんど知らないのだろう?
そのように仕向けたのは明治初期の文化のリーダーたちだった。当時、いきなり世界と向き合うことになった日本は、いわゆる脱亜入欧路線を突き進んだ。美術についても、躍起になって西洋の芸術観や技法を取り入れようとしたり、あるいは逆に大和絵をもとにした「新しい伝統」を創ろうとした。ところが、書と絵が一体になった「文人画」は、その新しい考え方には全くそぐわなかったのである。乱暴な言い方をすれば、明治は中国や韓国との紐帯を打ち捨てようとしたのだ。それを先導したのが当時の日本の博物館・美術館だった。学校教育も同じ方向性をとった。
それが、わたし自身をはじめ大半の日本人が中国の壮大な世界観、その美術の歴史を知らない、一つのしかし重大な理由ではないか。 かつてわたしたちがあれほど敬愛し、学び、さらに新たな表現として昇華しようとした文化にもかかわらず。 そのことを振り返り、加えて関係性の危うい今だからこそ、改めて中国の美術について学んでもよいのではないか、と考える。実は、今春、自著が出版される予定なのだが、そのあたりのことにも触れている。どこかで『美術館とナショナル・アイデンティティ』(仮題)の本をみつけたら、ちょっとページを繰ってみてください。
思わず宣伝をしてしまったが、もう一度、V&Aでの展示に戻ろう。もうひとつ、今回の展覧会で学んだことがある。それは、巻物という表現の特異性だ。 これは西洋のキャンバスや壁画、東洋でも掛け軸などとは全く違う表現形態だ。違いを一言で言うなら、後者がよりパブリックで常態として展示されるものであるのに対し、前者はもっともっとプライベートで一時的に鑑賞される形態であることだ。
V&Aでは、かなり長大な巻物がたくさんあったが、どれも巻物をずらーと引き出して展示していた。だが、これは本来の鑑賞の仕方ではないだろう。所有者は、自分が愛でる巻物を美しい箱の中に保管しており、何かの折を見つけては、それを箱から出し、その紐を解き、ゆっくりすこしずつ巻きとりながら、そこに展開する世界を楽しんだに違いない。それは、なんと親密で至福の時だったことか。
実のところ、巻物は展覧会向きではないのかもしれない。それでも、わたしたちは、暗い展示室内で背をかがめ、少しずつ歩を進め、友といっしょに目にはいったところを指さし、語らいながら、長い巻物を歩いて楽しむのである。それはそれで、まるで自分たちがそこに描かれた風景の中に旅するような体験であった。
V&A Chinese Painyinh 700-1900 1月19日までやっています。
今年も、ロンドンを中心に展覧会について感じたこと、考えたことなどなど、ぼちぼち書いていこうと思います。
みなさまにとって、新しい年が素敵な展覧会に出会える年でありますように、そして新しい発見のある旅でありますように。
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