くまと都市
スイスの首都ベルンは、緑の川に囲まれた小さな美しい町だ。
赤い屋根の波と色づいた木々にふち取られた川が響きあい、地平遠くを見渡せば、純白と青のコントラストのアルプスが神々しい。
はじめは、たった半日しかいないのだから、ユネスコの世界遺産でもある町を歩き回るだけで十分だと思っていた。
だから、インフォメーションセンターのおねえさんが、町はずれにある「熊公園」を「Must Go」スポットとして示してくれたのに、日本の熊牧場のような場所を想像しながら、「あー、ちょっと無理だよ~。子供連れでもないし~」と思ったのだった。
13世紀から残る古い町並みを歩きまわるのは実に楽しくて、気がつけば、橋の向こう側にその「熊公園」があるという位置まで来ていた。
というわけで、せっかくなので足を伸ばしてみることにした。
まずは動物園の入り口らしきところを探したのだが見つからない。
だが、すぐにそれは先入観だと気がついた。
というのも、深い谷底の川を見下ろす場所と川の淵に作られた遊歩道に人だかりができていたからだ。
人々が注目している先を見れば、・・・熊たちだった。
つまり、熊牧場という区画があるのではなく、河岸の斜面全体のかなり広いエリアが熊たちのすむ場所なのである。
とりあえず、フェンスはあるが遮断的な塀ではない。
熊たちの河岸のそばをオパール色の川が流れ、その上には橋がアーチを描いている。向こう側には、古いベルンの町並みが見渡せる。
すべてが、とても自然なセッティングだった。しかも、入場料をとるゲートもない。それも自然ではないか。
聞けば、熊達が動きまわれるように、河岸斜面にはいくつものトンネルがあるという。
川で泳ぐこともできるのだとか。それだけの施設を造り、維持するには、相当の資金がいるはずだ。
どうやって運営しているんだろう。
しばらく考えて、はたと気がついた。この熊公園は単なる観光スポットではなく、動物の生態を教える教育施設でもなく、ベルンのアイデンティティを育てているのだと。
ベルンとは、スイスの言葉で熊を意味する。
中世の昔、土地の指導者が、ここに町を造る時に、熊狩りをしたことにちなんで「ベルン(熊)」と命名したのだとか。
それ以来ずっと町の中心地で熊が飼われていた。おそらくは、もっと見世物的な要素の強いものだったであろう。それが、現在は、このような自然なセッティングになったのだ。
確かに、そのほうがポジティヴなアイデンティティをつくることができるに違いない。
そして、熊たちの自然体の様子を見たいと観光客が訪れれば、他の場所でお金を落としていってくれることだろう。
なるほど、そういうわけか。おねえさんが「Must GO」と言った訳が頷けた。
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