王の本棚とマーク・トウェインの本棚 :大英図書館

1階から3階まで筒抜けの巨大な書棚、英王ジョージ三世が寄贈した書物コレクションの収蔵棚を見上げながら、小学生たちがミュージアムエデュケーターの説明をうけています。クイズ形式のやりとりで、印刷が発明される前の製本技術とか、これらのコレクションがここにもたらされるまでの経緯とかを理解すると、「じゃあ、見に行こう」と、常設展示場のほうに向かって歩きはじめました。そこでは、あの有名なマグナ・カルタや奇怪な人物や動植物があちこちに描かれた古地図、モーツァルトやジョン=レノンの落書き、ルイス=キャロル手書きの「不思議の国のアリス」のページなどを見ることができるのです。

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ジョージ三世コレクション。前にご紹介したヴィジブル・ストレージ(目にみえる収蔵庫)の一例でもあります。

ここはBritish
Library大英図書館。1992年にこの図書館が完成したとき、大英博物館から書物関連コレクションがごっそり引越してきました。大英博物館の書物コレクションの歴史と大英図書館との関係については、いろいろ興味深い話があるのですが、今日はこの大図書館の利用についての注目すべき点、アクセシビリティや開放性のこと、ついでに図書館の将来についてすこし考えてみたいと思います。

大英図書館の日本版といえば、思い浮かべるのは東京・永田町にある国会図書館。国会図書館は研究者や専門家、学生さんたちが通うところという印象があります。わたしもある時期頻繁に利用したことがあるのですが、やはり堅苦しい雰囲気が全体に満ちていたのを思い出します。子供の姿など見たことがない。というより、子供は入館お断りだった。

大英図書館のほうも、利用者として登録できるのは18歳以上という年齢制限があります(それ以外は基本的にだれでも利用可能)。違うのは、子供たちでも建物のなかに自由に出入りできること。本の保存についての展示コーナーや展示場などいろいろな施設を利用することもできれば、冒頭に紹介したような子供向けのエデュケーション活動や家族向けのプログラムもあります。子供だから入館させないのではなく、子供たちにも門戸を開けて、彼らが親しめる環境をつくり、コレクションの大切さを伝え、将来の利用者を作っているのですね。

 アクセシビリティのよさはもちろん全世代に対していえます。登録カードがなければ実際に資料を利用することはできませんが、だれでも建物に自由に入ることができるし、至宝を展示した常設展示室のほかに、興味深い企画をうつ特別展示室がふたつ、カフェや外テラスのある開放的なレストランがあります。セント・パンクラス駅の隣に位置しているので、待ち合わせや小さなミーティングに使ったり、WiFiを利用したり、天気がよければ外のテラスにはたくさんのひとたちがランチをとったりお茶を飲んだりしています。

数値を調べたわけではありませんが、わたしが実際に利用した印象からみて、大英図書館の利用者率は国会図書館のそれよりも上なのはまずまちがいありません。なにより、利用者がリラックスしてみえる。それは、立地条件だけが起因しているのではないはずです。ミュージアムについても同じことがいえます。その施設が利用者にいかに開かれているかは、展示の中身だけで決まるのではなく、館内外での全体的体験に対する配慮にもあるのではないでしょうか。

大英図書館の開放性をかように賞賛しながらも、ここで視点をずらしてみることにしましょう。イギリス社会全体に目をむけたとき、書物や文字文化の利用に関して危惧しないではいられない現状があるからです。それは、このような大きな図書館が活発に利用されている傍らで、ローカルの小さな図書館がどんどん消滅していることです。大きな原因は世界的な経済危機下における英政府の歳出カット。もちろん、活字離れやデジタル化という社会現象も要因になっているのかもしれません。ですが、2010年に保守党政権になってから、文化面における削減の規模とスピードは半端なものではありません。当然ながらこうした状況はミュージアムにも見受けられるのです。

我が家の近くに、1900年にマーク・トウェインによって開かれたという小さな地域図書館、ケンサル・ライズ図書館があります。それも閉鎖にもちこもうとする当局の動きがあり、コミュニティーの反対運動が続いています。上に書いたことと矛盾するように聞こえるかもしれませんが、子供たちが真に本に触れる経験を重ねるのは、大型図書館なぞではだんじてなく、ごく日常的な空間です。自分でいけるようなところに小さな図書館があることは、わたしの子供時代には当たり前のことでした。でも、そういう環境がなくなることは、大人だけではなく子供たちにとっても、コミュニティーにとっても大きな損失になるのではないかと懸念します。

 

大英図書館が開放的な施設でありえる背景には、大きな文化施設への国の継続的な助成があります(それも、かなり薄くなっているのですが)。しかし、その裏には、財政の厳しさが地域の小さな文化に直接的な打撃を与えている現実があるのを、総合的に考えなくてはならないと思うのです。

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ケンサル・ライズ図書館とサポーターたち


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