水車のある博物館

中秋の曇り空の下、スイスのバーゼルの町のはずれを歩いていた。
ここには、中世の昔、修道院があったという。
ライン川を見下ろす小高い場所には、その一部であった塔がぽつんと立っている。
落ち葉が敷き詰められた坂道を降りていけば、時折、犬と散歩する人々と出くわした。
川に注ぎ込むように細い運河が流れ、石造りの家々が軒を並べている。
入り組んだ小道は、かつて人々の生活と運河が結びついていたことを静かに語ってくれた。

その運河の一角に、大きな水車をみつけた。
風格のある木製の水車は、今も水しぶきをあげて仕事をしている。
それが、探していた「紙の博物館」だった。
中に入ると、博物館というより工房そのもので、水車のギアが音をたてて回り、石臼のなかの布のはぎれを砕いていた。
はぎれからとりだした繊維が紙の原料になるのである。

濡れた石床を進むと、子供たちがスタッフといっしょに、製紙のある工程を実践していた。
博物館には、そのように、製紙・製本に関し、来館者が実際に手を動かせるコーナーがいくつもあった。
印象的なのは、それらの活動が、子供にもわかりやすいようにと噛み砕いた、
ややもすると上から目線にもなりかねないアプローチにはなっていないことだ。
かつての面影をうまく利用しながら、博物館のコレクションである各時代の道具がセットされ、
製本までのさまざまな仕事を体験しながら、だれでも理解できるようになっている。
それぞれのコーナーでつくった紙は、お土産にと封筒にいれて渡してくれる。
子どもたちを、決して子ども扱いしすぎず、好奇心旺盛な学ぶ人として、対応しているのがわかる。
博物館全体が、建物もモノも人々のかかわりも、実に自然で有機的だと思った。
そして、そのことは中世ヨーロッパでは、修道士こそが本を生み出す人々だったという歴史、この土地の歴史と繋がっていくのである。

水車のある博物館をあとに、封筒の中の紙のにおいを嗅ぎながら、町に向かって歩き出した。
本というものが今後どのように変わっていくのか、
その存在そのものが、消えうせるのだろうか。
そうなったとき、この博物館はどのように次の世代に伝えていくのかと、思いをはせつつ。

Paper Mill Museum Basel

 


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