アートに巻き込まれる:Tino Sehgal@テートモダン

うす暗くて巨大なタービンホールを、たくさんの人がこちらに向かって歩いてくる。
老若男女、服装もさまざま、だけど、だれも鞄をもっていないのが奇妙。
彼らは一定の方向に走ったり、すわりこんだり、歌ったり、ばらばらの動きをしたり・・・
そうか、これは美術館の訪問客ではなくて、パーフォマンスなんだと気付く。
もちろんステージはない。ときには、パーフォーマーたちが、ホンモノの来館者にまぎれてしまう。

興味津々で、ことの展開を見たり、写真を撮ったりしていたら、
メンバーのひとりが近づいてきた。と、思いきやいきなり声をかけられた。
なるほど、これもパーフォーマンスの一部なのか。気がつけば彼女のペースについて歩いていた。
つまり、わたしも作品の一部になってしまったってわけ。

「先週ね、長いことインドにいってた男友達がロンドンに帰ってきたのよ・・・」

彼女が話しだしたのは、旧知の仲というような中身の話。

「で、お金がないから家に泊めさせてあげてるの、今。 (中略) 助けてあげたいのは山々なんだけどさ、なんか、へんな気分・・・」

わたしの方こそ「へんな気分」になったけど、このパフォーマンス自体のことを聞いてみたくてしかたない。
「あの、これって・・・」
「いや、だめなのよ。そのことは言えないの。だから友達を紹介するね」

「へ?」
で、わたしは、先を歩いている他のパーフォマーに手渡されてしまった。
そして、彼もまた、突然とても個人的な話をはじめる。他のパーフォマーたちと同じ方向に歩きながら・・・

「ぼくの最初の記憶っていうのはね・・・」
「子どもの頃シンガポールに住んでたとき、家族とお寺か何かにいったんだ。そこにものすごい大蛇がいて」
「でもさ、それがほんとに僕自身の記憶なのか、後から写真を見て、記憶だと思い込んでしまったかわかんないんだ。 
(中略) あなたの最初の記憶は何?」
「えーっと・・・」
やっぱり、彼も、このパーフォマンス自体については答えてくれなかった。
そして、別のひとりに紹介されたのだ。

彼らの話は、与えられたシナリオではなくて、ひとりひとりの個人的な物語なのだろう。
だから、まったく知らない他人なのに、その顔や声に懐かしさを覚えてしまう。

なんだかよくわからなかったけど、ともかく不思議な体験だった。
あとでわかったのは、これがTino Shgalというアーティストの作品だということ。
どこがアートなのよ?と聞かれそうだが・・・。
パーフォマンスをみても、巻き込まれてしまえばなおさら
自己と他者の関係というものを、身体をもって問いかけてくるのは確かだ。
空間と主体/客体の経験や関係性をずらすことによって、新鮮な出会いが生じる。

以前にエントリーしたジェレミー・デラーもそうだが、昨今アートの世界では、見る者との従来の「距離」を再構築するような作品が増えてるような気がする。
セーガルのパーフォーマンスは、この夏に誕生したテートの新しい空間、the Tankの目指す「ライブ・アート」ともつながっているのだろう。
目が離せない。

tino 1

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