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あの後、アーティストは何もいわなかった:Chim↑Pomの場合

「2011年の震災の後、アーティストはほとんど何も作らなかった。

でも、何かしなくっちゃ。でないと、アーティストは何も表現しなかったと将来に認めさせる事になるから」

 

2015年初夏、日本の若手アーティスト集団Chim↑Pomが、展覧会の準備のためにロンドンにきていた。

冒頭は、その記念トークでの、メンバーのひとり卯城の発言だ。

確かに、東北大震災、それに続くフクシマの惨事がおこった時、

アーティストたちは頭が真っ白になって、「アーティストとして、いったい自分に何ができるのか」と身がすくんだという。

たくさんの予定された作品展が、刺 激が強すぎるからといって、キャンセルにもなった。

せいぜいあるとしたら、チャリティー目的の心を和らげるような小品の展覧会ぐらいだったのだろう。

 

そんななか、Chim↑Pomはすぐさま行動をおこした。

まずは、渋谷駅にある岡本太郎の壁画「明日への神話」の欠けている部分(最初のセッティング状況ではじめから不定形だった)に、

岡本の作風をまねて、福島第一原発が爆発した絵をはめこんだ。

許可を得ずに公共の場でやったゲリラ作戦である。

だが、コンテキストをよく考えた、かつ時機を得た表現活動だった。

なぜなら、岡本の絵も、第五福竜丸の被爆をテーマにしたものだからだ。

 

確かに過激ではあるけれど、

口をつぐんだまま町ゆく人々に、麻痺してしまった社会に、

その過去と今起こった現実を結びつけ、はっとさせたという意味では、

大変パワフルな行為だったと思う。

 

過去のダークな社会的出来事、みんなが素通りしてしまう現実に対して鋭く警告をはなつという点では、彼らには前歴がある。

2008年、広島の空、飛行機雲で「ピカッ」の字を描いて、社会を驚かせた。

主要新聞のトップ記事にもなったから、覚えがあるのではないだろうか。

あのときは、市民を「不快な気分」にさせたと非難の声もあがったが、

彼らとしてはそんなネガティヴな反応がおこることは、最初から折り込みすみだったに違いない。

そんなことより、鋭い切り口で社会を「騒がせる」事が重要だった。

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フクシマの非難地区にも立ち入った。

6人のメンバーが白い防護服をまとって、立ち入り禁止区域にはいりこみ、

白旗と日本の国旗と原爆のマークの旗をたてて、ビデオ作品をつくった。

 

ロンドンの会場から、「あなたたちの行為は、原発反対という政治活動なのか?それともアートなのか?」と質問があった。

「反対とか賛成とかいっているのではないんです。

わたしたちはあくまでもアーティストなので、社会におこった出来事に反応しつつ、

より抽象的に問いかけているだけです」と、集団で紅一点のエリイ。

 

つっけんどんな感じだった。

そいう問いには、答え慣れているんだろう。

「解釈するのはあなたたちだから」と、多くは語らないアーティストをちゃんと演じている。

 

彼らの作品はそれがビデオであれ、パフォーマンスであれ、正直いうとわたしの好みではない。

あまりに直裁的で、そういう行為がおこなわれたと記事で読めば、なるほどと納得できてしまい、

で、もうそれで充分で、彼らの作品をじかにみてみたいとは思わない。

 

だけれど、日本社会が、目にみえない拘束社会になってきているのなら、

彼らのような若手表現者たちが、風穴をあけてくれるのは注目に値する。

放射能汚染が目にみえないところで、フクシマに限らず日本を覆っているのなら、

その現実に「想像力」をもって立ち向かわなければならない事を

気付かせてくれるという意味では、エールを送りたい。

 

最後に一つ、わたしがトークで質問し損なった事。

Chim↑Pomのなかでエリイという存在は、ジェンダー的な観点から、どう位置づけられるのだろう。

集団として、どう考えているのだろう。

彼女は常に女性性を全面にだしているし、周囲はそれを強調しているようにみえる。

彼らの名前が端的に表しているように。

ヨーロッパのアーティストだったら、きっと説明を求められるに違いない。

Chim↑Pomの場合、とても曖昧な感じがする。

ひょっとしたら、それも日本社会の特徴なのだろうか?

「勝手に解釈して」で、すまされるのだろうか?