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文化を主としたロンドン現地ガイドツアー
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最後の日本オオカミに会いにロンドンへ

ロンドンの桜は日本より一足早く開花する。青い空に映える淡いピンクの雲を見ていたら、つい昨年の出来事を思い出した。DSCN3709去年の今頃、一通のメールをいただいた。そこには「ロンドンの自然史博物館に日本オオカミを見に行きたい」とあった。

ロンドンで日本オオカミ? 日本オオカミって、あの絶滅した・・・???で頭が一杯になった。
わたしはロンドンで個人ガイドの他に、日英ミュージアムのコーディネートを仕事にしているが、メールを受け取るなり、これはちゃんとお話を伺わなければと思った。

 

まずわかったのは、依頼主が奈良県東吉野村の議員さんたちであること。
なんでも村の猟師がオオカミを捕獲し、「山犬」はいらんかと売り歩いていたのだが (その時はそれが最後とは思いもしなかった)、折りしもアメリカの若い研究者がイギリス人貴族の援助を受けて調査旅行に来ていて、その山犬を買ったのだそうな。 明治も末のことだ。

そのイギリス人がオオカミ(毛皮と頭蓋骨)を大英博物館に寄贈し、やがて分館、現在の国立自然史博物館ができてからはそこに移され、今も自然史博物館に保管されているという。しかも、展示公開されてはおらず、収蔵庫に眠っているらしい。

もうお気づきかもしれない。村会議員さんたちのロンドン訪問の真の目的はオオカミの返還である。人口が減った村をなんとか元気にしたい、そのためにはシンボルがいる。そう考えた議員さんたちは、ロンドンにいる故郷のオオカミに目をつけた。だが、調べるうちに返還はかなり難しいこともわかった。いずれにせよ、まずはそのオオカミに会いにいこうではないか。そこで交渉の糸口を探ろう。 奇特なことに旅行資金は、村のお金を使わないで、ご自分たちのお小遣いをためたのだそうだ。 もしうまくいって、オオカミが故郷に戻れば、村はさぞかし活気づくに違いない。確かに希望の持てる話である。

わたしに頼まれた仕事はいわば仲介役である。はじめはかなり難しいのではと懸念した。だが、博物館学を専門とする私にとっても個人的に非常に興味深い話だし、なにより、それだけの熱意をもって村のことを考えておられる議員さんたちの想いに動かされ、お仕事をお受けすることにした。

 

ヨーロッパは初めてという7人の議員さんたちにロンドンのホテルでお会いし、お話を交えた時、はるばる海を越えてやってこられた彼らの熱意の大きさに改めて圧倒された。ところが、その時わたしは、すでに自然史博物館の担当学芸員から返還は不可能であるという念押しを受けていた。意気揚々としておられるみなさんに、その返答をいつ切り出したらよいかわからなかった。しかし、ようやく、自然史博物館訪問当日の朝、博物館側からのNOをお伝えした。さあこれからという時に、みなさんの落胆される顔をみるのは、たいそう辛いことだった。

だが、その返答はみなさんも想定していたことなので、気を取り直して、いよいよ自然史博物館訪問に臨んだ。風格のある博物館の玄関で担当学芸員がわたしたちを出迎え、オオカミの待つ特別室に招いてくれた。 

すると、先に部屋に入った議員さんたちから「オオっ」という感嘆の声が聞こえてきた。このオオカミに会うために長い年月準備をし、はるばるいらしたのだからなあ・・・・。 しかし、わたしも入ってみれば、その感嘆の声がどこから来たか、さらに理解できたのである。

立派なガラスケースのなかに、そのオオカミは、ほんとうに美しい毛皮を羽織って横たわっていた。
触ればその柔らかな毛の感触や匂いが今でも感じられるようだった。CIMG7195

学芸員は捕獲当時に描かれたという美しいイラストを見せてくれた。また、そのオオカミ標本に関する豊富な情報のファイルを準備し、村にプレゼントしてくれた。ロンドン博物館側のオオカミの故郷に対する歓迎ぶりにも、敬意と誠意が感じられた。

 

写真撮影がすむと、オオカミの前で学芸員氏の説明が始まった。

彼の話は、日本オオカミの特徴から始まり、標本の保管方法、さらには、この日本オオカミが、生物学的な側面だけではなく、自然環境の理解にいかに重要なのかを説明してくれた。通訳をしながら、私自身がたいへん興味を覚えたのは、オオカミが、人間社会と動物社会の関係性の歴史的推移を理解するのに、大変貴重な資料だということだ。

人間がまだ採猟生活をしていた頃、オオカミたちは人間社会にとても近く親しい存在だったという。危険な動物が村付近にやってきた時、村人たちに警告してくれたのがオオカミたちだった。ところが、人間が農耕生活を営むようになってから、オオカミたちが食料を摂る場所が減っていき、やがて田畑や家畜を荒らすようになった。そうしてオオカミは人間にとって悪者になってしまったのである。

その物語の最後を語ってくれるのが、この日本オオカミなのだ。自然史レベルで世界的にもトップのこの博物館には、何百万点というコレクションがあるのだが、ここでさえ、そのように人間との関係を物語る資料は稀だという。だからこそ、この日本オオカミを大切に保管して、研究し、後世の世界の人々に伝えることが大事なのだと。

通訳しながらあまりに壮大なお話に忘れかけていたのだが、ふと我に返って、議員の方々の日本オオカミ返還に対する強い想いを思い出した。視察団はまだ本音に触れていない、そのまま知らないふりをしてよいのだろうか。差し出がましくも仲介役のわたしが水を向けるべきだろうか。いや待て、議員さんたちの顔をごらん。おひとりおひとりとても満足している様子が伝わってくる。答えはそこにあった。

そして、まさに、議員さんたち自身が声にだされたのである。
「こんなに大切に保管してくれて、ほんとうに嬉しい」
「そんなに貴重な資料であるこのオオカミが生息していた村の者であることを大変誇りに思う」と
暗黙のうちに、このオオカミはロンドンの自然史博物館にあるほうが、より大きな意味でよいのだと納得されたようだった。

このオオカミの美しさは、博物館が守り続けている一定の温湿度・光の制限、虫の駆除など、注意深い保管の賜物だ(だからこそ、展示されていない)。 議員さんたちは、ロンドン訪問前に、他の日本オオカミ標本を見に、東京や和歌山の大学・博物館を訪問されたという、ところが、そこにあるのは、色が失せてしまって、毛も短くなっており、まるで「犬」のようだったと。 ある議員さんは、ロンドン自然史博で保管されているオオカミに会った瞬間、「これこそが思い描いていたオオカミだ」と思われたらしい。CIMG7222 - Copy

 

さらに喜ばしいのは、自然史博物館の学芸員が今回の村の訪問も「オオカミと人間との物語」の重要な一部になるといってくれたことだ。将来的にこのオオカミを展示することは大変難しいが、これは人類にとっても大変貴重な宝であり、そのストーリーを語っていくことは非常に重要だ。だから、これからもっと積極的に自然史博物館のウェブサイトなどで表にだしていきたいといわれた。それに対して、村のみなさんは、オオカミが捕獲された場所の写真を自然史博物館に送りましょうと応えた。その写真はきっとロンドン自然史博物館のウェブサイトの中で、オオカミのストーリーを飾ってくれるに違いない。

奈良の東吉野村とロンドンの自然史博物館が絆を深めていく事、そして、その絆こそが村の発展につながるのではないか。 念願のオオカミ返還は果たせなかったけれど、その絆こそが東吉野村を元気にしてくれるのではないだろうか。 仮にオオカミが村に帰ってしまったら、この関係性はそこで終わってしまったことだろう。だが、最後の日本オオカミがロンドンにあるからこそ、その絆は将来にわたって続けることができる。そこには、村にグローバルなパワーを与えてくれる可能性が秘められている。

桜の雲を眺めながら、その空が続く先にある東吉野の山々を想ってみる。そうして、その山々に住むオオカミが人間社会を守ってくれる動物だったことを思い出しながら、この最後のオオカミも遠くロンドンから日本の故郷の村を見守ってくれているような気がする。

ロンドン自然史博物館のホームページ 日本オオカミ資料

奈良県東吉野村ホームページ


このブログは、アートローグのディレクターによって書かれています。

ロンドン現地にて、ユニークな文化の旅の企画・ご案内や

日英のミュージアム・コーディネートをしています。

観光の個人ガイドの他に文化関係の通訳やミュージアム資料調査の代行も承ります。

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