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日本のポップスターの坊主謝罪を海外はどうみたか? 

昨夜、テレビのニュースを見ていたら、ある場面がでてきて驚いた。
AKBの峯岸みなみの坊主謝罪である。
イギリスのニュースで日本のことが話題になるのは、
経済のことか、テクノロジーの進展か、さもなきゃ天変地異がおこったときだ。
こちらの人は、オタクでないかぎり、日本のポップカルチャーに興味などないし、AKBなんて聞いたこともない。
だから、なぜこれがニュースになったのか訝しく思った。

新聞を斜め読みすると、まず目を向けているのは、頭を剃って謝罪したというポップスターの行為だ。
新聞は、剃髪は悔恨を表す日本の伝統だと紹介する。
坊主頭にする=謝罪という公式は、イギリスにはない。
若い女性が坊主になるというのは、(尼さんだって剃髪しない)おそらく生理的にも受け入れがたい行為だろう。
まあ、そこまではいい。それが日本の伝統ならば、そういう文化もあるかもしれない。

本当に奇異に思われたことは、その側面ではなくて、
日本という国は、若い彼女がボーイフレンドと一夜をともにしたことが、社会から「モラルに反する」と看做れ、
これほどまでに自己責任を追及される、あるいは当事者がそう感じてしまう社会なのかということだ。

日本ではポップスターが恋愛関係をもつことは禁じられている、と新聞は説明する。
「わたしがしたことは、全てわたしの責任です。ほんとうにごめんなさい」
これを聞いたイギリス人はきっと耳を疑ったに違いない。
モラルって何? 個人の自由がどこにあるの?なんで社会的責任になるの?
だいいち丸坊主になって謝ることじゃないじゃない!
答えはこうだ。
「わたし、AKBを辞めたくないんです」

記事には、その他、ポップスターの周囲でおこった同様の事件が紹介されていた。
日本というのはいまだに極東のわけのわからん社会だ、と思われてもしかたがない。
というか、その程度で終わってくれれば、まだその方がわたしとしても救われる。

救われがたいのは、このできごとが、現代の日本の不寛容な社会をみごとに映し出していることだ。
イギリスだって、CCTVカメラがそこらじゅうで回っているいわば監視社会だけど、
日本の場合は、市井のひとが市井のひとを見て見ぬふりして、見張っている(見張られていると感じる)社会だ。
日本に帰るたびに、だれかから見られているという息苦しさがますます充満していると感じるのはわたしだけではない。
人と離れたことをすれば、社会からつまはじきにあう。
つまはじきにあうと感じてしまう空気を社会がもっている。
秋元なんちゃらがつくったポップグループの掟だけではない。
現在と1970年代の就職の就任式の集合写真を見比べた記事を読んだことがあるが、
かつてはもっと自由な服を着ていたのに、現在は金太郎飴のように同じ服装をしているのが、一目瞭然だった。
現在の若者は、だれにいわれたわけでもないのに個性を潰して、社会に馴染もうとするのだ。
いや、若者を非難しているのではない。
社会がそういう空気をもっているのである。

だから、常にある集団に所属していなければ不安になってしまう。
集団にはいったらはいったでそこから排除されることを極端に恐れてしまう。
AKBに異性との交際を禁ずるルールがあるのは、倫理的な問題があるからではなく、そのことによって集団が崩壊する恐れがあるからではないか。
峯岸が頭を丸めて謝った理由は、モラルに反したことを反省しているからではなく、「AKBを辞めたくない」かららではないか。ー そう、そこのところは、正直に自分を出したね。

ポップスターの坊主謝罪は、日本社会の自殺問題、いじめ問題、体罰問題などと、底の方でつながっているのかもしれない。

峯岸みなみにはAKBの研究生なんかにならずに、このままスキンヘッドでパンクをやってもらいたいと思う私です・・・


 

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