風景と建物と美術館と:バイエラー財団美術館

(2012年10月半ば、スイス北部のバーゼルと、首都ベルンに行ってきました。2から3回にわたり訪ねたミュージアムをご紹介します)

フランスとドイツの国境に接するバーゼルの街中からトラムで15分ほどの郊外。
電車から降り立つと、道路を隔てた生垣の向こうに小道があり、美術館へと続いていた。
目指すのは、バイエラー財団美術館。
実は、行く前から、その建物がかのレンゾ・ピアノによるものと聞いていたので、パリのポンピドュー・センターのようなハイテク・ポストモダン建築を思い描いていたのが、みごとに裏切られてしまった。
植え込みの向こうに見えてきたのは、赤い砂岩の壁とガラスで覆われた、落ち着きのある建物。
壁面いっぱいのガラス窓からギャラリーの内部が見通せ、その様子は庭の色づいた木々とともに、手前の池に映りこんでいる。
池はゆるやかな傾斜となって起伏ある土地に溶け込み、目を転じればワイン畑が小高い丘に繋がっている。
その庭にジェフ・クーンによる花で覆われた巨大な頭部が立っていなければ、現代美術の美術館だとは思わなかったかもしれない。
チケット売り場で、これがレンゾ・ピアノの建築かと確認したほどだ。
だが、建築や周囲の環境がもつこの穏やかさは、美術館の基本コンセプトに呼応していることを、あとで理解するのである。

さらに建物に向かえば、美術館建築によくあるような美の殿堂に上がっていくステップがない。
小道がそのままギャラリーの床に繋がり、圧倒されることなく、空間に吸い込まれていく。
中に入れば、天井高く、全体的に明るい。
池に面したギャラリーでは大窓から、内部に位置するギャラリーでは天井全体からやわらかな自然光が差し込んでくる。
通気孔から明るい色の木材で覆われた床に至るまで、すべてが控えめだ。

展示構成は歴史順にはなっていない。
ひとつの部屋は2-3人の美術家たちの作品が展示されているが、その組み合わせには、審美的な観点と作品の背景に対する配慮の融合がみられる。
ピカソとセザンヌの女性の頭部の作品を描いたものが並列しているかと思えば、アンリ・ルソーのジャングルを描いた大作の隣に大きなオセアニアの仮面が置かれてい たりする。
後者についてつけ加えれば、「プリミティブ」というモダンの見方をいまだにやっているのかと批判的に捉えられそうだが、それぞれの作品間に主従の関係など見当たらず、同じリスペクトをもって展示されているのがわかる。
別の部屋では、壁面すべてにマーク・ロスコの大作が架けられ、床にはジャコメッティの大きな人体像が置かれている。しかも、それらが整然と配置されているのではなく、自然な主体的位置を与えられているのだ。
そのためか、ギャラリー内で歩いたり立ち止まったりする来館者たちさえもがその空間のなかに溶け合っているように見えた。
はっとさせられたのは、フランシス・ベーコンのゆがんだ人体を描いた油絵と、ロダンの屈折した人体像、ルチオ・フォンタナの呼吸を思わせるような彫刻作品が並んでいる部屋だった。美術史的には関連の薄い3人の作品が、テーマや形態という点で不思議に共鳴しあっている。

ここにあるのは、ロンドンのテートモダンのようなテーマ展示でもない。テートのように、なぜこの組み合わせなのかと悩まされることもない。 このギャラリーの展示はどこをとっても自然で気負いがない。
そこでの体験は、どこか暖かで親密なものだった。
それは、同じ空間に展示された作品同士が、作品と建物が、建物と周囲の風景が実に心地よく響きあっていることからもくるのだろう。月並みな言い方だが、そこには、レンゾ・ピアノや創設者バイラー、キューレターたちのパーソナルな想いが感じられたのである。

自分のコレクションをパブリックに公開しようと思った時、バイエラーはまず手っ取り早く市に寄付することを考えたのだそうだ。(バーゼル市美術館は市規模では欧州最大と聞く)
だが、ロケーション選びなどで難航し、最終的に財団を作って、私設の美術館をつくることにした。
建築はコンペにせず、レンゾ・ピアノと決まっていた。その彼ともなんども美術館づくりの話合いをしたのだとか。
もし最初の考えどおり、公の美術館にはいったとしたら、このような親密さを感じさせる美術館体験にはならなかったのではないだろうか。
好きな美術館がまたひとつ増えた。

beyeler foundation

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