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文化を主としたロンドン現地ガイドツアー
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「普通の人々」のロンドン・オリンピック開幕式

映画「トレンスポィテング」の監督が、どんなステージを作るのか興味があったので、人並みにロンドンオリンピックの開幕式を観ました。
面白かったのは、「威厳ある歴史」ではなく「普通の人々の文化」に焦点が当たっていたこと。
主役は王や政治家や将軍といったセレブではなく、農民や労働者や兵士や婦人参政権運動の女性や移民や子どもたちでした。
デビット・ベッカムやポール・マッカートニーなど英国を代表する人々も登場したけれど、あくまで物語の脇役だった。
演じたのもすべてボランティアの人々、NHS(国民皆健康保険制度)の看護婦たちは本当の看護婦さんだったし、聖火の最終ランナーを担ったのは数人の子供たちでした。

全体がごちゃごちゃしていたという批判もあるかもしれません。が、それは、人々が主役だったから。「英国性」を押し出しすぎてたという声もあるようで、その点、私も同感なのですが、オリンピックとはそうしたものだともいえます。でも、「強いイギリス」というイメージではなかった。
さまざまなところにウィットを効かせて、私にはなかなか好感がもてるセレモニーでした。

正直いうと、オリンピックは好きではありません。限界への挑戦とかフェアーな競合とか世界の調和という美辞麗句の裏に、政治的経済的なパワーがどうしても入り込むからです。
でも、セレモニーは開催国独自の表象が見られます。いかなる表象をするのか、人々はそれをどう受け止めるのか、それはミュージアムの表象にも通じるのではないかと思うのです。

ところで、ひとつ気になることがあります。
日本のメディアは英国の選手たちを英国チームと呼んでいると思いますが、イギリス国内(少なくともロンドン)のメディアは、GBチームと呼んでいるのです。
「GB」とは「グレート・ブリテン」のことでそこには北アイルランドは入りません。本来ならばUK(ユナイテッドキングダム)と呼ばれるべきなのですが、オリンピック・オフィシャルが「GBチーム」と決めているようです。
何か政治的な折衝があるのでしょうか?何より北アイルランドの人々はどう受け止めるのだろう?やっぱりオリンピックと政治はへんな具合に絡みあっていて、なんだかなあ・・・。そのあたりの事情に通じた方があれば、どうか教えて下さい。


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